慶州市内圏

慶州市内地図

2018年3月31日に慶州の大陵苑一帯で咲いた桜です

慶州の大陵苑に咲いた桜

こんにちは、寒くて長かった冬はとうとう終わり、釜山から車で1時間ほど離れている桜の名所、慶州もいち早く桜のつぼみが開き始め、2018年3月31日、新羅古墳が多く並ぶ大陵苑一帯の桜はほぼ八部咲きでした。この暖かさが続くと来週ごろには慶州の桜も満開になる模様です。

掘仏寺址

掘仏寺址

慶州の北側の小剛山の麓に位置している掘仏寺址の四面仏は、統一新羅時代に刻まれた高さ約3.5メートルの大きな花崗岩の岩に様々な仏像を刻んだ「四面仏」です。 「三国遺事」による掘仏寺は、仏国寺を創建した新羅第35代の景徳王様が栢栗寺(ペンリュルサ)に訪れようとする時、掘仏山の下から念仏を唱える音が聞こえてくることに気がついてそこを掘り出したら四面に仏像が刻まれている大きな岩が出てきました。そこで、仏像が出てきた場所にお寺を建設し、お寺の名前を掘仏寺だと名付けるようになりました。...

興輪寺

慶州興輪寺址

釜山から車で北へ1時間ほど走らせた場所に位置している慶州は、千年間続いた新羅の都として仏教遺跡があちこちに残っていますが、高速道路から慶州へ入る入り口から慶州市外バスターミナルへ向かう通り道の傍らに新羅の最初の仏教寺院と推定している興輪寺(フンリュンサ)があります。 新羅の始祖、 朴赫居世(パクヒョッコセ)をはじめとする新羅建国期の王たちが眠る5つの陵墓が集まっている五陵(オルン)の北側に位置する興輪寺は、新羅の貴族の異次頓(イチャドン)の殉教後、527年新羅は仏教を公認することになり、544年(真興王5年)に創建されたと伝わる新羅最初のお寺です。...

脫解王陵

脫解王陵

新羅4代の脫解王陵(ソッタルヘワンヌン)であり、新羅建国に纏わる由緒の深い遺跡地です。 こんにちは、釜山(ブサン)から車で1時間ほどの場所にある慶州(キョンジュ)は紀元前57年に建国し、1000年ほどの古い歴史を誇る新羅(シンラ)の王都であり、その新羅を統治した王は56名がいました。...

慶州三郞寺址幢竿支柱

慶州三郞寺址幢竿支柱

慶州市外バスターミナルの近くにある統一新羅時代の幢竿支柱 こんにちは、慶州市外バスターミナルの手前を流れている兄山江から北へ1キロほど歩いたところに、統一新羅時代に作られた幢竿支柱があります。幢竿支柱は、お寺に法会などの行事があるとき、旗を掲げた竿を支える支柱のことをいいます。 慶州で見られる統一新羅時代の代表的な遺跡といえば、世界遺産・仏国寺と石窟庵、国立慶州博物館に庭にぶら下がっている聖徳大王神鐘などがあり、統一新羅ならではの美しい仏教美術が楽しめますが、こちらの幢竿支柱もその当時の洗練されたデザインセンスがうかがる貴重な遺物の一つです。...

八友亭ヘジャンクッ通り

八友亭ヘジャンクッ通り

古墳公園の周辺にある24時間営業のヘジャンクッ通り こんにちは、韓国では二日酔いの時にヘジャンクッという酔い覚ましスープをいただきますが、慶州高速バスターミナルに面している表通りを古墳公園の方面へ約1.4キロくらい歩いた場所に八友亭ヘジャンクッ通りがあります。 韓国は地方によって様々な酔い覚ましスープがありますが、慶州の八友亭ヘジャンクッは、干し明太と干しエビ、煮干し、昆布を使った出汁に茹でた豆もやし、蕎麦寒天のメミルムッ、海の海藻であるモジャバン、すっぱいキムチを入れ、ニンニクのみじん切りとごま油などで味付けをし、独特な味のヘジャンクッが味わえます。...

慶州邑城

慶州邑城

慶州は千年歴史の息吹が感じられるところですが、高麗時代や李氏朝鮮時代の遺跡も慶州の街中に多く残っています。慶州駅前の城東市場と近隣している場所に高麗時代の顯宗3年(1012年)に築かれたと推定している慶州邑城の跡地があります。 慶州市東部洞と北部洞にわたって石で築造された慶州邑城は、城の回りが2,400メートル、城壁の高さ3,6メートルくらいの規模の城でしたが、 文禄の役やモンゴルに侵略によって破壊と修復が繰り返されました。 また、近代になっては慶州市街地の拡張によってお城のほとんどが崩され、現在は90メートルの城壁だけが当時の面影を残すのみであります。...

トンクアン

トンクアン

肉汁が溢れる分厚い豚肉が美味しい食堂 こんにちは、大学校の周辺は、大学生が利用する安くて美味しい食堂がたくさんありますが、東国大学校・慶州キャンパスの周辺は住宅街といった感じですが、大学があることもあり、大学生に人気の美味しいお店もけっこうあります。 慶州の城乾洞に位置する豚焼肉専門店・トンクアンは、厚さ1センチほどの分厚い豚肉を使って、肉汁が溢れるジューシーな豚の焼肉がたまらないほど美味しいです。特に豚の皮まで焼きあげる五枚肉・オギョプサルは、カリカリに焼きあがった美容に良いとされるコラーゲンペプチドが多く含まれている豚の皮と肉感溢れるジューシーな豚肉の食感が絶妙です。...

皇龍寺址

皇龍寺址

皇龍寺は、新羅真興王14年(553)に創建されて高麗高宗25年(1238年)の蒙古軍の侵攻によって焼失されるまで700年も続いた新羅最大の護国寺院です。特に、真興王35年(574)に鋳成された金銅三尊丈六尊像と善徳女王14年(645/新羅27代)に建立された九層木塔は、真平王の天賜玉帯と共に新羅三寶として知られています。 「三国史記」と「三国遺史」による皇龍寺の創建は、553年(真興王14年/新羅24代)に慶州月城(新羅の宮殿)から少し離れた東に新しい宮殿を建てようとしていたところに黄色い龍(皇龍)が現われたために宮殿造営をやめて皇龍寺という寺院を造り始めました。...

芬皇寺

芬皇寺

新羅第27代善徳女王3年(634年)に建立された芬皇寺(プナンサ)は、歴史が古い芬皇寺に沢山の遺物があったと推定されていますが、モンゴルの侵略と豊臣秀吉の朝鮮出兵の際にほとんどが破壊されて今の芬皇寺は大人の背ぐらいの高さの石垣に囲まれて石塔の上部だけがみえる小さな寺院となりました。 境内は唐から来た使臣と3匹の龍に纏わる千年以上使用されていた「三龍変魚井」と呼ばれる八角形の古い井戸と国宝第30号で指定されている三層石塔(模伝石塔)、高さが3.7メートルの花崗岩で作られた2本の幢竿支柱、上部が日本式に改造された石燈、高さ3...