慶州西部圏

慶州金尺里古墳群

慶州金尺里古墳群

KTX新慶州駅から慶州市 乾川邑(コンチョンウッ)方面へ 向かう平地に大小30余あまりの新羅時代の古墳が集まっています。本格的な発掘調査は行われていませんが、1952年に破壊された古墳2基を調査しましたが、平地に木の部屋を作り、その上を川から拾ってきた丸い小石を積み上げて粘土で固め、外側を丸く盛り土した新羅特有の積石木槨墳と言うことが確認されました。 金製のイヤリングや曲玉、銀製の帯などが出土され、慶州中心部に分布している5世紀~6世紀ごろに造成された大きい古墳よりその規模が小さいことから身分の低い新羅の貴族の古墳と推定しています。...

慶州獐山土偶塚

慶州獐山土偶塚

ハニワが出土された統一新羅時代の古墳 慶州市の太宗武烈(29代、654~661)王陵からKTX新慶州駅方面へ約2キロほど離れている海抜114メートルの獐山(ジャンサン)南東の丘陵末端部に位置する統一新羅時代の古墳です。発掘調査で人や獣の形を粘土で焼いた埴輪が発見されて、土偶塚と呼んでいます。統一新羅時代につくられた橫穴式石室墳で封墳の直径は10メートル、高さ7メートルである獐山土偶塚は、遺体を置く屍床台が東西方向に置いてあります。東側には頭を固定させる石の枕があり、西側には足を支える足座があります。...

金庾信将軍墓

金庾信将軍墓

古代の韓半島は、北部には高句麗、南西部は百済、南東部の新羅が対立し、7世紀まで、領土争いの激しい戦争が繰り返されたのですが、太宗武烈王(金春秋(キム・チュンチュ))7年、金庾信(キム・ユシン)は、中国の唐と連合して百済を滅ぼし、文武王8年(668)には高句麗を併合させ、中国の唐も韓半島から追い出して三国統一を成し遂げるようになります。 このように半島の三国統一に大きな役割を果たし、死後、興徳王(在位:826年 –...

慶州西岳里磨崖石仏

慶州西岳里磨崖石仏像

慶州市の西側に太宗武烈王陵(新羅29代王)と古墳群が位置した三角形の山が仙桃山(ソンドサン)です。新羅人の人々は、仙桃山の頂上付近を西方浄土と考え、ここに阿弥陀三尊仏を刻みました。 彫刻しにくい安山岩に高さ6.85メートルの如来立像を陽刻し、左側には宝冠をかぶって浄瓶を持っている観世音菩薩(高さ4.55メートル)が、右側には大勢至菩薩像(高さ4.62メートル)が優しく微笑んで立っています。彫刻の手法からみて統一新羅の7世紀頃の作品と推定しています。二体の脇侍菩薩像は他の場所から持ってきた花崗岩で刻まれました。 区分: 宝物第 62 号 時代: 統一新羅時代初期の仏像...

新慶州駅

新慶州駅(KTX)

韓国の第2の都市、いつも活気あふれている港町釜山から新羅の千年の古都慶州までは、車で約1時間ほどかかりますが、2010年11月1日釜山と東デグを結ぶKTX(韓国京釜高速線)2段階区間の開通により、釜山駅から新慶州駅まで27分で行けるようになりました。 地下1階・地上2階建ての新慶州駅は、慶州市内から約12キロくらい離れていますが、新慶州駅前にある慶州市内行きのバスに乗り換えすれば、世界遺産の街、燦爛たる新羅文化を栄えた王都慶州まで簡単にアクセスすることができます。...