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新羅石仏

慶州栗洞磨崖如來三尊立像

こんにちは、慶州市外バスターミナルから兄山江を渡っていくと西岳洞の新羅第29代目の太宗武烈王陵があり、そこから約2.3キロほど行った左の山麓には斗垈里村(栗洞)があります。 この村の裏山を少し上がっていくと8世紀に刻まれた統一新羅時代の磨崖三尊仏が立っています。 高さ3.32メートルの岩盤に刻まれている身長2.51メートルの中央の本尊仏は、西の方へ向いていることから西方極楽浄土を治める阿弥陀如来と考えれており、堂々した顔にがっちりした体格、広い両肩を覆う通肩は薄く刻まれて身体の屈曲がそのまま現れています。...

慶州西岳里磨崖石仏

慶州市の西側に太宗武烈王陵(新羅29代王)と西岳里古墳群が位置した三角形の山が仙桃山(ソンドサン)です。新羅人の人々は、仙桃山の頂上付近を西方浄土と考え、ここに阿弥陀三尊仏を刻みました。 彫刻しにくい安山岩に高さ6.85メートルの如来立像を陽刻し、左側には宝冠をかぶって浄瓶を持っている観世音菩薩(高さ4.55メートル)があり、右側には大勢至菩薩像(高さ4.62メートル)が優しく微笑んで立っています。彫刻の手法からみて統一新羅の7世紀頃の作品と推定していますが、二体の脇侍菩薩像は他の場所から持ってきた花崗岩で刻まれました。...

慶州藥水溪谷磨崖立仏像

慶州金鰲山(468m)頂上から西裾に広がる藥水溪谷に慶州南山で最も巨大な磨崖仏像があります。   高さ8.6メートルにもなる藥水溪谷磨崖立仏像の頭上はなくなりましたが、巨大な四角形の岸壁の両側端の岩肌を30センチ以上厚肉彫りに刻まれ、重々しい仏躰を現しています。また、手と衣の裾も10センチ程度の中肉彫りに刻み出しており、左手は曲げて胸に付け、右手は腰まで下ろして両手の親指と中指、薬指を軽く合わせています。 ...

慶州拜里石仏立像

あどけない子供の顔をしているベリ石仏は、7世紀初半の新羅仏像彫刻の代表作として評価されています。 横から眺めた慶州拜里石仏立像 慶州南山の裾に散らばっていた3体の石仏を1923年、現在の場所に一列に並ばせました。3体とも彫刻技法が非常に類似しているので制作された時代から三尊仏として信仰されたものと考えています。...

居昌 陽平里 石造如來立像

統一新羅の末期に作られた背の高い仏様 居昌郡市内から東の端に位置する陽平里の老惠村(ノヘマウル)。昔、ここには老惠寺(ノヘサ)または、金陽寺(グムヤンサ)というお寺があったと伝わっています。礎や石灯などの遺構だけが残っているお寺の址には背の高い仏様が立っておられます。全体の高さ3.7メートルの統一新羅時代の仏像(石造如来立像)が千年以上の歴史を持ったままこちらにに立っています。...

慶州南山塔谷磨崖仏像群

慶州南山塔谷磨崖仏像群

巨大な岩石に刻まれている仏教美術が美しい 慶州南山には、数多くの仏教遺跡が残っていますが、慶州市内から現代自動車の工場がある蔚山(ウルサン)まで伸びる7番国道の道沿いに四天王寺址があり、そこを右折していくと正面に見える山が東南山です。 東南山にも新羅時代の息吹が感じられる素晴らしい多くの遺跡が山の中にありますが、その中でも玉龍庵という小庵を目指し、車1台がやっと通れるような山道を沿っていくと東南山のメインの一つとして知られている塔谷(タブコル)があります。...

慶州南山仏谷磨崖如來坐像

慶州南山仏谷磨崖如來坐像

現存する慶州南山の石仏のうち、最も古いものといわれている三国時代の新羅石仏です。 こんにちは、世界遺産の宝庫・慶州東南山に新羅27代の善徳女王が建築したと伝わる皇龍寺九重木塔を描いた巨大な岩石がある谷間を塔谷と呼んでいますが、あの塔谷と隣り合っているところに仏谷があります。 南山の北から東へ急に曲がる南川に沿って狭小な道路を車で少し走ると右側に広がる緩やかな斜面が東南山の仏谷ですが、仏谷の入口から約400メートルほど、斜面の山道を歩くと、現存する慶州南山の石仏の中で一番保存状態が良く、造成年代も最も古いものといわれる石仏があります。...

衆生寺

衆生寺

慶州狼山の西北端に位置する衆生寺は新羅30代の文武王の火葬場である陵只塔から北へ約200メートルほど歩いたところにある新羅時代のお寺です。 1940年代、衆生寺の旧跡に建てられた現在の衆生寺には宝物第665号として指定されている磨崖菩薩三尊座像があり、慶州国立博物館の野外に展示されている観音菩薩立像、十一面観音菩薩立像などの遺物が出土されて当時は大寺院であることが推定されます。 13世紀末に高麗の高僧一然によって書かれた三国遺事にも登場する衆生寺から西へ30メートルほどの場所に大きな岩に刻まれた磨崖菩薩三尊座像があり、広い庭は傍らには石塔の副材などが並べられています。...

掘仏寺址

掘仏寺址

慶州の北側の小剛山の麓に位置している掘仏寺址の四面仏は、統一新羅時代に刻まれた高さ約3.5メートルの大きな花崗岩の岩に様々な仏像を刻んだ「四面仏」です。 「三国遺事」による掘仏寺は、仏国寺を創建した新羅第35代の景徳王様が栢栗寺(ペンリュルサ)に訪れようとする時、掘仏山の下から念仏を唱える音が聞こえてくることに気がついてそこを掘り出したら四面に仏像が刻まれている大きな岩が出てきました。そこで、仏像が出てきた場所にお寺を建設し、お寺の名前を掘仏寺だと名付けるようになりました。...

断石山神仙寺磨崖仏像群

断石山神仙寺磨崖仏像群

新羅の名将軍、金庾信が修行を行った山として知られている新羅最初の石窟形寺院! こんにちは、慶州市内から西へ位置する海抜827メートルの断石山(タンソッサン)は、高句麗と百済を滅ぼし、新羅の三国半統一に大きな貢献した新羅の名将でる金庾信(キム・ユシン)が青年期に修行を行った山として知られており、断石山(タンソッサン)の由来も金庾信(キム・ユシン)が修行中に大きな岩を一刀で切ったことに因んでいます。...