旅コリア・TABIKOREA

公山城

538年(聖王16年)に百済の首都を扶余(プヨ)に移すまでの5代、64年の間、百済の都だった熊津(ウンジン・現在忠清南道の公州(コンジュ)市)を保護するために築城された公山城(コンサンソン)は、海抜110メートルの公山の頂上から西の峰まで取り囲むように造られた包谷式の山城です。...

益山弥勒寺址

韓国最古であり、百済最大の益山弥勒寺址!百済歴史遺跡地区の一か所として2015年ユネスコ世界遺産になりました。...

国立公州博物館

63年間の熊津(ウンジン)百済時代の古代芸術に迫る国立公州博物館 こんにちは、韓国ソウルから約140キロほど離れている忠清南道(チュンチョンナムド)・公州市(コンジュシ)は、人口11万名くらいの小ぢんまりとした街ですが、百済時代である475年から538年までの63年間、熊津(ウンジン)という地名に呼ばれ、現在の扶余(プヨ)郡にあたる泗沘(サビ)に首都を移るまで燦爛たる百済文化の華を咲かせた百済時代の首都でした。...

金山寺

国宝、文化財が多く残っている百済時代の古代寺院 全羅北道 全州市から南へ約20キロほどの場所にある母岳山(海抜795メートル)の南麓に百済時代(法王599年)末期に創建された金山寺(クムサンサ)があります。 五層石塔(宝物第25号)...

宮南池(扶余 薯童公園)

扶餘市内から南へ約1キロほど離れている宮南池は、百済30代の武王(ムワン、生年不詳~641年)の時に造成された百済時代の池の庭園です。宮南池の西には1935年、石田茂作によって百済寺院としては最初に発掘された扶餘軍守里寺址があり、東には百済泗沘(サビ)の離宮址である扶餘花枝山遺蹟があります。...

修德寺

修徳寺大雄殿は、韓国に現存する木造建物のうち、安東市の鳳停寺極楽殿(国宝15号)と、栄州市の浮石寺無量寿殿(国宝18号)に続き、韓国古建築物として国宝第49号に指定されています。

扶余定林寺址

忠淸南道 扶余郡の中心部に位置する定林寺址は、百済が扶余に都を移した泗沘百済時代(538年から660年まで)に建立された百済時代のお寺です。 定林寺址(チョンニムサジ)は、益山(イクサン)の彌勒寺址石塔とともに百済時代の代表的な石塔といわれる高さ8.33メートルの定林寺址5重の石塔と高麗時代の石仏坐像を保護するため、1993年に建てられた切妻屋根の木造建物と蓮の池があります。...

白馬江遊覧船

こんにちは、2015年、百済歴史遺跡地区がユネスコ世界遺産になってから扶余を訪れる観光客が増えつつありますが、663年、百済を助けに来た日本(倭国)支援軍と新羅・唐の連合軍との激しい戦いが繰り広げられた白馬江(現在の錦江河口)を遡る遊覧船が人気があります。扶余クドゥレ船着場から扶蘇山城の皐蘭寺まで約10分ほど運航する白馬江遊覧船の運賃は片道4,000ウォンで、往復6,000ウォンです。...

百済の微笑 瑞山磨崖三尊仏像

1962年12月20日、国宝第84号に指定された百済の微笑みとも褒め称える瑞山磨崖三尊仏像です。 高さは本尊の如来像は2.8メートル、菩薩立像は1.7メートル、弥勒菩薩半跏思惟像は1.66メートルです。忠清南道 瑞山市 雲山面 伽耶山渓谷の断崖絶壁に百済の巨大な如来立像を中心に右には菩薩立像、左には半跏思惟像が彫刻されています。 忠清南道 瑞山市...

扶余陵山里古墳群 / 百済王陵苑

扶餘陵山里古墳群は、扶余市内から東へ約3キロくらい離れた百済泗沘(サビ)都城を敵から防御するために築造された羅城の外側にある百済王族の古墳群です。 入場料を支払って陵山里古墳群の正門に入り、右側へ行くと昔ながら泗沘(サビ)時代(538年~660年)の百済王族が眠っている陵山里古墳群が目に迫ります。 扶余陵山里古墳群 / 百済王陵苑...

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